人は根本的な思考の違いで、大別できる気がする。
1.他者に対して、見下したり、バカにしない人。
(そもそも、見下したり、バカにするなんて思考をもっていない人)
2.他者を見下し、常に自分が正しいと思っている人。
(そもそも、見下したり、バカにしているのに自覚していない人がいる)
自分は1でありたいと思っている。
2の考え方の人に遭遇すると、
自分の中には無い言葉あびせらたり、
戸惑う事無く他者を見下す対応をする。
2の考え方をする人は、
己では認識せずに、
根本的に、そのような思考をしている人。
なので、見下している自覚が無い。
言葉は時に凶器になる事をわかっていない。
言い方次第で、人は傷つく。
2の人は、己の心無い言葉に、他者が傷ついている事すら気づかない。
気付くことは無い。
というか、なぜ傷ついているのかもわからない。
なぜなら、自分は絶対に正しい事しか言っていないと思い、
正しい事を言っているのだから、言う事を聞くのが当然。
と、思っているのだ。
正しい事を言うにしても、言い方がある。
間違いを指摘するのならば、打開策も同時に分かるように説明したほうが良い。
間違いだけ指摘しても、駄目でしょう。
間違っている理由、解決策をセットにしましょう。
1の思考だと2の人に酷い言葉をぶつけられた時、
そのような言葉を、今まで思った事、
言葉の棚に入って無いから、理解に苦しむ時がある。
話しは変わり、
小さな企業で長く勤務し、肩書は無いけれど、
会社の長と距離が近い人物は、
長と同じ立場にいると勘違いする節がある。
雇い主とは、全く立ち位置が違うのに、
同じ立場と勘違いしているので、
他の職員に、かなり上から目線の言葉を発する。
長く勤務していれば、いろいろ知識はある。
けれど、決して雇い主ではないし、その人の会社でもない。
その人の会社では無いので、
長が認めた、新しい人のやり方も、
受け入れなければならないと思う。
でも、けっしてやり方を変えようとしない。
それまでのやり方が間違っていないだろうが、
新しいやり方も取り入れた方が良い。
新しい人も、長く勤務している人に対し、
新しいやり方を、言い出しにくいような雰囲気が満々にしている。
長く勤務し、後輩が育っているかと思えば、
育てる気質がないので、育っていない。
なのに、長く勤務している人は、
新しい人のやり方を、受け入れる事はしない。
これでは、後輩は育たない。
新しい人が嫌気がして、去ってしまったら、
その会社は消滅してしまうだろう。
代謝が激しいのは良くないが、
人の入れ替わりは必要でしょう。
新しいやり方が、気に入らない人は去らねばならない。
受け入れられる人は、残れるでしょう。